由紀子さま     宛のない手紙 | もぐらと星の物語

由紀子さま     宛のない手紙

由紀子 様からの手紙

 

 

 

1985 2. 7  

こんにちわ!   

ユキちゃんで~す。       うふっ

朝子お姉さまに住所を教えてもらっちゃったの!

・・・だってけんちゃん、何も教えてくださらないンですもの。 くすん。

この手紙が着く頃は、もう札幌に帰る支度も、

もう整った頃でしょうネ・・きっと!

いよいよ 念願の ”御帰省 ” かしら~!? 彼女と一緒で嬉しいでしょ?

 ネェ~ 札幌に帰ったら、雪まつりの写真、送ってェー。 

私 欲しいの・・・。

彼女と一緒に写っているのでいいから・・・。

 

 

・・・ここで一言、 けんちゃん、程んど信じていなかったみたいだけど、

私、ホントのホントに・・正真正銘の39年生まれの大学2年生ですヨ。

朝子さん達に”4年”なんて大きく出ちゃったものだから、一応言った手前、

あとには引けなくて、そのまま押し通しちゃったけど・・・

ちゃんと学生証も持ってたのよ! 今も持ってるけど・・・。

私、お化粧すると最高24才まで見られるンだから~~~。・・・でもネ

普段、寮にいる時って 素顔でしょ!?

でも私ってすごく素顔は幼い顔をしてるの。

今だに、寮のおばさんたら、私のこと 1年とまちがえるのよオー。

もう やんなっちゃうー。

 

 あっ、それとネ、私今 兄キのところで この手紙を書いているンだけど

なんと あさってから スキーに行くんですのよ。 

うふっ、 いいでしょう!?

ムリヤリたのみ込んだの。

群馬県っていう所にうちの親せきがあってネ、そこに泊まってそこから車で行くの。

兄キと兄キの友達ばっかりで、女の子は私1人なのョ。紅一点、

谷間のゆりかしら~

だから、多分2月の末か、あるいはもうちょっと、

おじさんの家にいることになりそうです。

ね、ね、だから、そこの住所教えるから、雪まつりの写真、送ってネ・・。

待ってるから。

 

 

東京には いつ戻ってくるの?!

私、3月いっぱいに下宿が決まらなかったら、来年も寮にいるみたい。

でもネ、3・4年生って専門課程だから優先されるの・・・。

だから、小平の第一寮に入れるかもしれないの。近くなるわネ!! きゃっ!

あっ、でもあんまりこんな事 書いちゃ 彼女にわるいわね。

・・・では、この辺でやめておきます。   元気でね!!

風邪ひかない様にね! 

おフロで 貧血おこさない様にね!  くすっ

                          BYE,BYE

 

 

   願わくば、この手紙、けんちゃんが帰る前に、いなくなっちゃう前に

   手元に着きます様に !!

                             

              ユキコ 

  







 

 


由紀子様への手紙

    今、現在から

 

こんにちわ!   

 20年ぶりに、あなたから頂いたお手紙を読み返しました。

懐かしさと 愛しさと せつなさと 後悔と 驚きと・・・

 

あなたはとっても優しかったよね

そして 甘えんぼだったよね

右の耳があまり聞えない 僕を 気遣って

いつも 僕の 左側で まとわりついていた・・・

アラレちゃんの周りを飛びまわっている

ガッチャンのように・・・(笑)

背が低く ちょっとぽっちゃりとして 柔らかな印象で

でも いろんな話をしてくれた。

当時は僕は痩せていて 一人暮らしの食事の事にも気づき

バイト先のお昼を一緒に買いに行った時

「これ 食べなさい!。そんなのはダメよっ。」

って 母親かお姉さんのように注意してくれた。

 

由紀子さんと僕は たぶん 2週間しか一緒にいなかったよね

二月の初めころ・・・

今 手紙を読み返して 二人とも 大きな勘違いをしていた!!

僕は 今まで あなたの事を 三つ年上の 津田塾大のお姉さん

だとばっかり思っていた。だから 当時も 四月になったら

京都に帰ってしまうんだろうなぁ と思っていた。

だから 好きになってはいけないものと 思っていた。

 

 

それから 由紀子さん  

確かに 僕は そのあと 大学のクラスの娘と 

生まれて初めて 飛行機に乗って 札幌に帰った。 

僕も 不思議だった。

その娘が 「一緒に 札幌に 帰って下さい」 と言った事。

その娘の家が 転勤で札幌に移り 初めて札幌に行く 事と

その家が 僕の実家から比較的近かった事 

雪道を初めて歩くのは危ない と思った事  

などで 札幌に一緒に帰る事になったけど、

クラスで仲が良かった訳でもないし 

まして その娘は 学部のアイドル的な人だったので 

反対に 迷惑にならないようにと思ってた。

だから 彼女 ではないのだ!!

でも 普通に考えると やっぱり おかしいですよね。

彼女だと 思われても 仕方ないですよね?

札幌では スキーに行ったり 札幌の美しい所をみたり

僕の友達のカメラマンに頼んで その娘の写真を撮ってもらったり・・

でも もう一度 言わせて下さい。 彼女ではなかったんです。

そして その後も 彼女には ならなかったんです・・・。


でも 由紀子さんは それが許せなかったんですよね。

僕が札幌に帰省している間 あなたはどんな気持ちでいたのでしょう。

お馬鹿な僕は 東京に戻ったら 

あなたといろんな所へ行きたいと思ってました。

吉祥寺や国立・玉川上水での文学散歩、もちろんスキーにも・・・

でも 僕が何通か出した手紙に 

由紀子さんが 返事をくれることはありませんでした。

そして 一度だけ 京都の実家にも電話をしてみました。

やはり 出てはくれなかったけど・・・

それから 一年以上 僕は 由紀子さんのことを 

忘れる事ができませんでした。

いや 実際には 今も 忘れていません。

 

 

もし・・・

由紀子さんが 年齢を偽っていなかったら

僕は 2週間のうちに 

あたなをもっともっと愛しいと感じられたでしょうか?

そして 僕が クラスの娘と札幌へ帰省する事を告げていなければ

あなたは僕に 答えてくれたでしょうか?

 

僕の頭の中で 今でも残っている 

あなたの面影を 忘れることはできないけれど

辛いとき 苦しいとき 想い出の中で 僕を支えてください。

 

今 仕事でよく津田塾の前を通ります。

あなたが 4年間過ごした 大学の樹々は 色濃く

今も とても きれいです。